バラナシの駅で僕を待っていたのは、リクシャーの運転手の群れでした。
「リクシャー」とは自転車タクシーのことで、ドライバーの彼らはバックパッカーが大好物。運転手たちに取り囲まれた僕は、直感で正直そうな兄ちゃんを選び、「ガンジス川沿いの宿に連れて行ってくれ」と頼みました。
――が、直感は外れるのに、予感は的中! 兄ちゃんは街中の宿に僕を連れて行き、宿の主人が僕の荷物を勝手に運び始める始末。おそらく、紹介料をもらえる宿なのでしょう。……でも当然、話が違うじゃありませんか。
「えーかげんにせぇよ!」
僕はブチ切れ、荷物を抱えて歩き出しました。
すると、さっきの兄ちゃんが追いかけてきて、「川沿いにいい宿があるよ」と笑顔で勧誘。
――どんな神経や!
何はともあれ、ガンジス川へ。インドでは、ガンジス川を「ガンガー」と呼びます。バラナシはヒンドゥー教の聖地であり、ガンガーは聖なる川。ガンガーで沐浴すれば、これまでの罪が洗い流されると信じられているため、死体をガンガーに流す埋葬法もあるのです。
案の定、川沿いの宿から僕が見たものは、水面に浮いた幾つの死体。
強烈な光景に、「これがヒンドゥーか……!」と、畏れいったのでした。
ところが、それだけでは終わりません。
宿では、さらに衝撃的な話を聞きました。
バラナシは犯罪が多いのですが……なんと、人を殺したらガンガーに投げ捨てるのだそう。そうすれば殺人死体も、たくさん浮いている死体に紛れてわからなくなります。しかも、その後沐浴すれば罪が洗い流されるのですから、犯罪者にとってこんなに都合の良い場所はないわけです。
そこでやめときゃあいいのに……僕は、バラナシが本当にそこまで荒んでいるのか確かめたくなりました。
宿では、近所に睡眠薬入りのチャイを出す土産物屋があるという話が、旅行客の間でまことしやかに流れていました。そこで僕はその店に行き、チャイを飲まずに粘ることにしたのです。
1杯目のチャイが出てくると、お礼を言って、口をつけず。
2杯目、3杯目も飲まずに、時間を稼ぎます。
……すると突然、店の親父が僕の腕をつかみ、注射を打とうとしてきました!
怖くなった僕は、全力で親父を振り払って猛ダッシュ!
運良く注射針が刺さる前に逃げ切れたから良かったものの、この街の現実を、この身でもって体感する出来事となりました。無茶はするもんじゃありませんね……。
事実として、バラナシでは毎年、50人近くの行方不明者が出ているそうです。
聖なる川の周りは罪にあふれ、平和な国では知りえない人間の怖さを、僕は知ったのでした。
(つづく)