イラン国内を旅している間、移動にはバスを使いました。
旅行中には何度もバスを使いましたが、このバスのことは、特によく覚えています。
ベンツ製で快適だったということも大きいですが、何より、窓から見た砂漠の景色が忘れられないから。赤い砂に岩が混じった火星のような風景、白い砂にクレーターみたいな風紋がある月のような風景――。
バスが丘を上って、下りになる瞬間、砂漠の景色がガラリと変わります。
あの幻想的な光景は、7~8時間の移動の間も全く見飽きることがありませんでした。
さらにあれから20年近く経つというのに、僕の脳裏には、今もバムの城跡が焼きついています。
噂には聞いていたけれど、実際に見たバム遺跡は巨大な街そのもので、僕は一瞬で中世の要塞都市にタイムスリップしてしまいました。しかもその街は、廃墟とは思えないほどに美しく、カッコよかったのです。
僕は遺跡の中をふらふらと歩き回りました。城のあった高台から街を見下ろせば、この国を治めた王になり、街中を歩く際には、絨毯商人になり、馬に乗ったつもりになって、軍人気分も味わいました。
その楽しみようときたら!
ふと時間を確認したところ、あっという間に4時間が経っていてビックリしたくらいです。
こんなに素敵な時間を過ごしたにも関わらず、撮影した写真は1枚もありません。
……今どきの海外旅行では、考えられないでしょう?
当時のイランでは、旅行者がカメラを持ち歩いていると尋問されたせいなのですが……。
そもそも僕は、どの国でもあまり写真を撮っていなかったため、残念だとも思いませんでした。
というのも、若き日の僕は今よりだいぶトガっていて「写真を撮ると、それが目的の旅になってしまう。僕はその土地で過ごす一分一秒を大切にするんだ。もっと脳みその深いところを刺激して、自分自身を見つめるんだ」などと、イキがっていたものですから(笑)。
でもそのおかげで、今でもバム遺跡の風景や砂漠の光景が、ありありと思い出せます。バム遺跡は2003年の巨大地震で被害に遭ってしまいましたから(修復は進んでいますが)、なおさら貴重な記憶となりました。
「心に焼きつける」って、今の時代でも大切なことやと思います。