「終わりですか?始まりですか?」
――これが、カオサンロードで出会うバックパッカーたちが最初に交わす言葉です。
僕が泊まっているドミトリーも、旅を終えた者とこれから旅立つ者が集う宿。僕が「終わりよ」と返すと、相手の次のセリフのほとんどが「インド、行かれました?」という質問でした。
「インドへ行くべきかどうか」。
それは、当時のバックパッカーたちが、旅立つ前日まで悩む大問題でした。当時のインドはそれほど危険な場所であり、生きて帰れなかった日本人も少なくないからです。そこで「1ヶ月いたよ」と答えると、悩める旅人はとことん質問してきます。
僕は、カルカッタで『死を待つ人々の家』のボランティアをした話や、バラナシやデリーで何度も危ない目に遭った話をしました。
タクシーに騙されそうになったり、耳かき屋に鼓膜破られそうになったり、土産物屋に注射打たれそうになったり……。同じ宿に泊まった日本人が、街に出たきり帰ってこなかったことも教えました。
ここまで聞くと、相手は「やっぱりインドはやめた方がいいですか?」と聞いてきますが、僕の結論は決まっていました。すなわち、「まずは行くべし」と。
自分でもインドにいたときは「二度とこんなとこ来るか!」と思いましたが、離れてみると、あんなにも刺激的な日々はこれまでなかったし、得たものも大きかったのです。
――僕の得たもの。第一に、困難ばかり待ち受けて、油断も隙もない場所から「ちゃんと生きて帰った」という自信。第二に、危険を察知する能力。
そして第三に、情報収集力と状況判断力。タクシーでは地図を頭に入れておき、運転手に道を変えさせない。店に入る時は必ず出口の場所を確認しておく……などなど。どれもこれも、平和な日本では身に付かなかった能力やと思います。
さらに第四に、タフな交渉術。最後の最後まで無茶を言い、時に脅してくる相手に動じない根性も、日本では培われなかったでしょう。これらの能力には、ビジネスマンになってからもずいぶん助けられました。
だからこそ今、誰かにインドへの旅を相談されたら、僕は迷わずこう言います。
――「まずは行くべし」と。